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札幌地方裁判所滝川支部 平成5年(ワ)41号 判決 1996年3月27日

原告

畑原良樹

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

河野俊二

右訴訟代理人弁護士

小黒芳朗

向井諭

田中登

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金五四一七万円及びこれに対する平成五年八月二六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、原告の所有する建物で火災が生じたことにより、建物及び家財等につき合計五四一七万円の損害を被ったとして、損害保険金及びこれに対する訴状送達の翌日である平成五年八月二六日以降支払ずみまでの遅延損害金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、損害保険事業を目的とする会社である。

2  原告は、被告との間で、平成四年三月一三日、原告所有の別紙物件目録記載の建物(本件建物)及び同家屋内の家財につき、別紙保険目録1、2記載のとおりの内容の損害保険契約(本件契約)を締結し、三、四月分の保険料として合計三万八三二〇円を支払った。

3  平成四年四月三日、本件建物につき火災(本件火災)が発生し、その後、原告は本件建物を取り壊した。

4  原告は、被告から、平成五年四月一三日付の書面で、火災後の申告内容が不合理であること、本件火災原因が不審火であること、本件建物の施錠管理が不適切であったこと、を理由に損害保険金の支払いを拒絶する旨の通知を受けた。

二  被告の主張

1  公序良俗違反による無効

本件契約は、原告が火災発生を予期して本件建物を入手したうえ、自己あるいは自己と関連する者の財産増加を図る手段として保険金を不正取得するために締結したもので公序良俗に反し無効である。

2  故意による免責

本件契約の約款(本件約款)第二条は、保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意もしくは重大な過失または法令違反により生じた損害については、保険金を支払わない旨定めているが、本件火災は具体的経緯は不明であるものの、原告の関与のもとに、その意向に基づき発生したものと推認され、原告の故意による火災発生と評価されるべきである。

3  不実表示による免責

本件約款一六条は、保険契約者または被保険者が、保険の目的について損害が生じたことを知ったときは、遅滞なく被告に通知し、その通知した日から三〇日以内に損害見積書等の書類を提出すること、正当な理由がないのに右提出書類に不実の表示をしたときは、保険金を支払わない旨定めているが、原告は家財等罹災物件の取得経過やその存在等につき虚偽の書面を提出した。

三  争点

本件の争点は、1本件契約が公序良俗に違反するか、2本件火災発生は原告の故意によるものか、3原告が被告に提出した書面に不実の記載があったか、の三点である。

第三  争点に対する判断

一  各争点の判断の前提となる事実の認定等。なお各事実の認定に供した証拠を末尾に掲げた。

1  原告が本件建物を取得した経緯について

本件建物は平林勝隆が所有し学生用アパートとして利用していたが、昭和六三年四月、抵当権者である旭川商工信用組合の申立てにより不動産競売手続に付され、平成四年三月一二日、原告が代金一〇九二万円で競落した。

本件不動産には、昭和六一年三月六日設定の、権利者辻口幸夫、賃料一か月一〇万円(ただし支払ずみ)、期間三年間、譲渡転貸ができるとの特約の付された賃借権設定仮登記がされており、辻口は平林に対する債権回収のため、本件建物を管理し入居者である学生たちに本件建物を転貸してこれを占有していたが、原告は、本件建物競落後、本件建物に存在していた家財等を一五〇万円で購入するのと引き換えに、辻口から本件建物の引渡しを受けた。なお、辻口は本件建物占有中に、居室二部屋を増築し、壁も貼るなどし、数百万円の費用を投じていたが、原告に対しては、これら費用につき請求することもなく、本件建物を引き渡したものであった。

また、本件建物の敷地は借地であり、平林は昭和六一年一月以降の地代の支払いを怠っており、本件建物の占有状況等を合わせ考えれば、原告が本件建物でアパートを経営するについては相当問題があったものと思われるが、原告は辻口に対して電話して家財の購入と引き換えに退去するとの確認をとったのみで、右以上に権利関係につき具体的な調査をしないまま入札に参加したものであった。

本件建物の存在する深川市納内地区では学生用アパートは供給過剰であるうえ、本件建物はその位置や設備において条件が悪いため入居者の確保は相当困難であると思われ、現実にも本件建物に入居していた学生は平成三年三月末には全員退去し、四月以降の入居予定者もない状態であった(乙一四、五四、証人辻口幸夫、原告本人)。

なお辻口は、昭和五二年、暴力団員と共謀して保険金を詐取したとの容疑で逮捕されたことがあり(乙一五)、また昭和六二年八月には自宅が原因不明の火災により損害を受けたとして約四〇〇〇万円の保険金を受領し、また、辻口の経営する有限会社辻商が管理していた建物で原因不明の火災が発生したこともあった(証人辻口)。

2  本件建物の競落資金について

1で認定したとおり、原告は、本件建物を代金一〇九二万円で競落したものである。原告は、右資金の調達方法に関し、本人尋問では、自宅の金庫に保管してあった現金と妻名義の郵便貯金を引き出したと供述するものの、通帳等の客観的な証拠は提出されず、原告の供述自体も前後矛盾しており、結局のところ、競落資金を調達した具体的方法は明らかにされていない。

また、本件建物競落当時の原告の経営する畑原管工の業績は必ずしもよいものではなかったもので(乙四八、五〇、原告本人)、競落資金の調達が原告の供述するとおりの方法で行われたか否かについては強い疑問が存するところである。

3  本件火災の発生原因について

本件建物は納内駅前商店街の背後に位置し、周辺には共同住宅、商店、個人住宅等が密集している。

火災発生原因の調査では、本件建物内部の状態は、一階物置前の廊下付近の焼きが強く、物置前廊下から東西に延焼しているのが見分された。廊下には箪笥一竿と巻いたままの絨毬が置かれていたが、これらは焼失しており、廊下を挟んで居間に通じる通路に置かれていた長椅子一脚、ベッドマット一枚も焼失していた。他の焼きは弱く、天井と二階部分は物置前の廊下の上部が焼け落ちていた。

右のような状況からして、出火箇所は本件建物一階物置前の廊下付近であり、廊下を挟んで居間に通じる通路方向へ延焼すると同時に天井にも延焼したものと推定される。出火点については、通路隣の居間の焼きが弱く、物置前廊下の上部が焼け落ちていることから廊下の箪笥付近であるものと考えられる。

出火原因については、電気関係や子供の火遊びの可能性は低く、煙草の不始末あるいは放火の可能性が高いが、いずれも推測であり特定することはできなかった。また、購入価格に比して保険金額が高いことから、保険加入者による放火の可能性もあるが、現場では放火を疑わせる物件は発見されなかった(乙三、四、六の1、2)。

なお、後記6記載のとおり、本件建物への施錠に関する原告の説明は変遷しているが、当初の原告の説明どおり、本件建物が施錠されていなかったとすれば、本件建物への出入りは自由であるが、前記のとおり、本件建物の周囲は商店や住宅が密集しており、人目につきやすいところからしても第三者による放火の可能性は高いものとはいえない。

4  本件契約が締結された経緯について

本件契約は、平成四年三月六日ころ、原告が被告代理店である株式会社トータルサービスに電話し、本件建物を競売により入手する予定であり、これに火災保険を付したいと申入れをしたことにより、すなわち、原告の積極的な働きかけにより締結されたものであり、本件建物の競落代金は一〇九二万円であったが、本件契約のうち建物を目的とする部分については、再築費用が担保される契約としたため、保険金額五〇六〇万円の契約が締結された。また、家財を目的とする部分については、競落時に本件建物に存在していたものの以外に、競落後に搬入する予定のものも含めて保険金額一〇〇〇万円とする契約が締結されたものである(証人永桶)。

5  災害見舞金制度への加入及び見舞金の受領について

原告は、平成四年二月四日、自家居住者が現に居住している家屋及び当該家屋内にある家財に被害があった場合に見舞金が支払われる、財団法人簡易保険加入者協会の災害見舞金制度に加入した。右制度においては最高七五口一二七五万円の見舞金が支払われるものであるが、原告は最高限度の七五口に加入した。

原告は、本件火災発生直前の平成四年三月三一日、住民票を妻と二人の子供と居住していた滝川市の自宅から本件建物に移し(ただし、原告のみ)、火災後の同年四月六日にはこれを滝川市の自宅に戻し、結局本件火災発生当時、原告が本件建物に居住していたものとして、八八四万八〇〇〇円の見舞金を受領した(乙一六ないし一八、一九の1、2、二〇、四二の1)。

なお、住民票の異動は、家族四人のうち、原告のみについて行われたものであり、原告は同年四月一七日、消防署員の質問に対し、三月一二日に本件建物を取得した後、建物内部の清掃や元食堂を原告の居間兼事務所にするための改装工事を行い、原告が使用する家具や寝具類は、学生の退去した部屋に置き、一部廊下にも置いてあった、原告は、本件建物競落後何回も本件建物に来ており、本件火災が発生した当日も二回来ているなどと答えており(乙五)、右事実からは、本件火災発生当時、原告が本件建物に居住していた事実はなかったものと認められる。

6  本件火災発生後の原告の言動について

(一) アリバイを示す証拠の存在

原告は、本件火災が発生した平成四年四月三日の午後八時ころからパチンコをしており、本件火災発生については、消防署からパチンコ店に入った連絡によって知ったもので、当日パチンコをしていたことは換金しそこなったレシートで証明できると供述し、さらに、原告は、時刻が記入された給油レシートをも所持していたものであり(乙五六)、原告において何らかの意図があって、これらを所持しているのではないかとの強い疑いがある。

(二) 搬入した家財の購入先に関する説明の変遷

原告は、被告の照会に対し、三回にわたり、本件建物に存在した家財は、リビングナカジマから原告自身が購入し、平成四年三月一七日と一八日に原告と畑原管工の元社員の梨本が本件建物に搬入したと説明したが、被告から、右家財購入及び搬入の事実がないことを指摘され、平成四年一一月には、本件建物に家財を搬入したのは原告ではなく、リビングナカジマの社員であると説明を変更するに至った(乙四二の1、四四の1、四六の1、乙四七)。

また、平成四年八月、原告は被告に対しリビングナカジマ作成の平成四年三月一七日付の商品明細書(乙四四の4)を送付したが、被告の調査の結果、右明細書は本件火災発生後、原告及び辻口から強く依頼されたリビングナカジマが作成したものであることが判明した(乙五六)。原告は、被告の指摘を受けて初めて、本件建物に搬入した家財に関し、辻口が関与していることを認めるに至り、証人辻口も原告の主張に副う供述をしているが、結局家財に関する説明が変遷したことにつき合理的な説明はなされないままである。

(三) 本件建物の施錠に関する説明の変遷

原告は本件建物の施錠について、本件火災直後の消防署員の質問に対しては、出入口の鍵は南東側玄関だけが施錠可能で、入居者の出入りする南西側玄関と、東側裏口の鍵は破損していたと説明し(乙五)、被告の照会に対しても、理由は異なるものの無施錠であったとの説明をしていた(乙四二の1、四四の1)。また、火災後の本件建物を撮影したものである乙九6番の写真には、「空室あります、内部は自由にご覧下さい」と記載された張り紙が写っており、これらの事実からすると、少なくとも本件建物の南西側玄関の鍵は施錠されていなかったのではないかと考えられる。

しかしながら、原告は、被告から、無施錠であれば重過失による免責の可能性もあることを指摘があったところ(乙五六)、記憶を喚起したところ、確かに施錠していたとする内容証明郵便(乙三八)を被告に送付し、本人尋問においても施錠に関する火災直後の説明は誤っていた旨供述するのであるが、説明が変遷した理由として原告が述べるところは合理的といえず、説明の変遷は何らかの意図があってされたものではないかと考えられる。

二  一で認定した事実をもとに各争点につき判断する。

1  公序良俗違反について

被告が主張するとおり、原告が本件建物を取得した目的やその経緯、これらに関する原告の説明などにつき不合理な点が多々認められ、原告が本件契約を締結した動機については、強い疑問が存在するものである。被告はこれらの事実からして、原告は保険金を不正取得する目的で本件契約を締結したものである旨主張する。

しかしながら、保険事故が発生した以上、保険者としては免責事由に該当する事実がない限り保険金の支払いに応ずる義務があるものであり、免責事由があり、保険金請求権がないのにもかかわらず保険金を取得した場合に保険金が不正取得されたと評価されるべきものであって、契約締結時に予測される免責事由としては、保険事故の故意招致以外にありえず、契約が公序良俗に違反し無効であるとの主張は、実質的には故意による免責の主張と異なるものではないと考える。後記2で判示するとおり、本件については故意による免責が認められるから、公序良俗違反の主張については判断しない。

2  故意による免責について

一1に判示したとおり、原告が本件建物を取得した動機やその経緯については不合理な点が多く、原告の主張や供述にもかかわらず、原告はアパートを経営する目的で本件建物を取得したものとは認めがたい。また、本件建物の引渡を受けるについて、辻口は家財等の代金を受領したのみで、占有中に出費した費用の回収については何ら問題としなかったという事実は、それ自体、原告が本件建物を競落するについて、原告と辻口との間で何らかの合意が存在したことを疑わせるものである。

競落資金の調達方法に関し合理的な説明がされていないことは前記一2記載のとおりであるが、本件建物を取得するについては、一〇〇〇万円以上の資金を要したのであるから、自らこれを調達したのであれば、その方法について矛盾なく説明できないのは不合理であるというほかはない。

本件火災の発生原因については、前記一3のとおり、火災発生原因の調査の結果、煙草の不始末あるいは放火と考えられるとの結論となったものであるが、調査担当者としては、保険金目的の放火につき疑いをもったものの、具体的な放火方法が不明なため、断定できず、右のような処理に終わったものと考えられる。

また、原告は、本件建物の競落に先立ち、災害見舞金制度に加入したうえで、本件火災発生直前に原告のみの住民票を移し、内装等の工事が完成していない状態の本件建物に相当額の家財を搬入して、原告が本件建物に居住しているかの外観を作り出して災害見舞金を受領する一方、火災発生時の原告のアリバイを示す証拠を所持しているなど、本件火災発生前後の原告の行動には不審な点が多数存在する。

さらに、原告は、搬入した家財の購入先や本件建物への施錠に関する説明を変遷させているが、これらの変遷についての原告の説明も不合理なものであり、結局のところ、被告から問題点の指摘を受けた原告が、本件契約による保険金請求に支障がないようにそのたびごとに辻褄を合わせていったものと考えるのが相当である。

右に述べた事情を総合すれば、本件火災は、その具体的態様は不明ではあるが、原告の関与のもとに、その意向に基づいて発生したものと推認され、右推認を覆すに足る証拠は存在しない。

したがって本件は、本件約款二条にいう、保険契約者の故意により損害が生じた場合に該当し、被告は、同条により、保険金の支払いを拒絶することができるというべきである。

3  不実表示による免責について

なお、前記一6で認定したとおり、原告は、本件火災発生後、被告に対し、罹災物件として提出した家財一覧表の内容及びその取得経過の記載は真実に反するものであり、原告が虚偽の記載をしたことにつき正当な理由は認められないから、被告は本件約款一六条によっても、保険金の支払いを拒絶することができる。

(裁判官丸地明子)

別紙<省略>

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